「食べたい」を我慢するのが当たり前だった。50代になって気づいたこと

ココロとからだ

食べることに興味がなかった

以前の私は、食べることにあまり興味がありませんでした。
お腹が空けば食べる。
何かを食べるかは、そのとき安いものを選ぶ。
家にあるものを食べる。
そんな感じでした。
「今日はこれが食べたい」と思うことも、あまりなかったように思います。
だから買い物をするときも、値段を見て決めることが多かった。
少し高いものを見ると、
「こっちのほうが安いから…」
と、自然に安い方を選んでいました。
それが当たり前で当然のことだと思っていました。

「食べたい」を後回しにしていた

ある日、仕事帰りに買い物をしていて、ふと、
「今日は牛丼が食べたい」
と思いました。
「牛肉…高いな…」
今までの私ならそこで諦めてたと思います。
でも、その日はなぜか、
「食べたいなら作って食べればいいんじゃない?」
と思いました。
もちろん、何でも好きなものを買えばいいということではありません。
家計のこともあります。
無駄遣いをしたいわけでもありません。
でも、ちゃんと使い食べきれるなら、それは無駄ではない。
そう思って、牛肉を買いました。
そして家に帰って、自分で牛丼を作りました。
食べてみたら、おいしかった。
それだけのことなのですが、なんだか少し不思議な気持ちになりました。

買うときに「食べたい」がなかった

あとから考えてみると、買い物をするときに、
「何が食べたいかな?」
と考えること自体が、あまりなかったんです。
「いくらかな?」
「安いかな?」
「必要かな?」
そんなことばかり考えていました。
もちろん、家計中心で安さで買い物をしていました。
でも、
「私は何が食べたい?」
という自分の気持ちは、いつの間にかその中から抜けていたのかもしれません。
そして、それは食べ物だけではないのかもしれない。

自分の気持ちを聞くことは、わがままじゃない

「これがしたい」
「これが食べたい」
「今日はこれがいい」
そう思うことに、以前の私はどこか遠慮していたような気がします。
家族がいるなら家族に合わせる。
家にあるものを使う。
安いものを選ぶ。
まだ使えるなら買わない。
そうやって、自分の気持ちは後回し。
それが節約であり、ちゃんと暮らすことだと思っていたのかもしれません。
でも最近は、
自分の気持ちをきくことと、わがままはちがうんじゃないかな…
と思うようになりました。
食べたいものを毎日買う必要はない。
そもそも食に興味がないのだから毎日食べたいものは出てこないんですがね。
欲しいものを何でも買う必要もない。
ただ、
「私はどうしたい?」
と、一度自分に聞いてみる。
それだけでもいいんだと思います。

無駄にするほうが、もったいない

今回、牛肉を買ったときにもうひとつ思ったことがあります。
高いからといって買わない事だけが節約ではないんだな、と。
安いものを買っても、食べなかったら無駄になります。
家にあるのを忘れて買い足して、結局使わずに捨ててしまったら、それはもったいない。
それなら、
食べたいと思ったものを、ちゃんと食べ切る。
その方が私には合っているのかもしれません。
「安かったから買った」ではなく、
「食べたいと思って買って、おいしく食べた」
という買い物でもいい。
そんなふうに思いました。

50代になって、自分の小さな気持ちに気づく

最近、自分のことを考える時間が少し増えました。
何が好きなのか。
何をすると疲れるのか。
どんな時間が落ち着くのか。
そして今回、
「私は食べることにも、あまり自分の気持ちを使ってこなかったんだな」
と気づきました。
大きなことではありません。
人生を変えるような出来事でもありません。
ただ、
「今日は牛丼が食べたい」
と思った。
そして、その気持ちを無視しなかった。
それだけです。
でも、今の私には、その「それだけ」が少し大事なことのように思えます。

「今日はどうしたい?」を少しずつ

自分を大切にするということ、何か特別なことをするイメージがありました。
でも最近は、もっと小さなことでいいのかもしれないと思っています。
今日は何を食べたい?
今日は何をしたい?
本を読みたい?
何もしたくない?
そんなふうに、自分に聞いてみる。
答えがでなかったら、それでもいい。
「今日はわからない」
でもいい。
長い間、自分のことを後回しにしてきたから、
急に自分の気持ちが分かるようになるわけではありません。
だから、少しずつ。
小さな「こうしたい」を拾っていく。

50代。自分の気持ちも、暮らしの中に置いていきたい

家族のことも大切。
仕事のことも大切。
お金のことも大切。
これからも、きっとそれは変わりません。
でも、その中に、
私がどうしたいか。
という小さな気持ちも置いておきたい。
この前の私は、
「牛丼が食べたい」
という気持ちを、ちゃんと拾ってみました。
そして、自分で作って食べた牛丼は思っていたよりおいしかった。
そんな小さなことからでもいい。
これからは、
「食べたい」
「読みたい」
「休みたい」
そんな自分の声を、もう少しきいてあげたいと思います。
50代。
まだまだこれから。
誰かのためだけでもなく、
何かを我慢することだけでもなく。
私は「こうしたい」も、ちゃんと暮らしの中に置いていく。

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